東京地方裁判所 昭和43年(ワ)8228号 判決 1969年5月15日
原告 株式会社コルドン・ブルー
右代表者代表取締役 布施明
右訴訟代理人弁護士 戸田宗孝
同 富田晃栄
被告 株式会社新潟相互銀行
右代表者代表取締役 大森健治
右訴訟代理人弁護士 柳原武男
被告 国
右代表者法務大臣 西郷吉之助
被告国指定代理人 中村盛雄
<ほか三名>
主文
一、被告らは訴外福島良元が訴外株式会社竹下組に対し、別紙目録記載の不動産につき東京法務局台東出張所昭和三八年七月一一日受付第一五一五一号所有権移転仮登記の本登記手続をすることを承諾せよ。
二、原告の第一次請求を棄却する。
三、訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
(請求の趣旨とその答弁)
原告は第一次的請求として、「被告らは、訴外福島良元が原告に対し、別紙目録記載の不動産につき、東京法務局台東出張所昭和三八年七月一一日受付第一五一五一号所有権移転登記の本登記手続をすることを承諾せよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、予備的請求として、主文第一項、第三項同旨の判決を求め、被告らは「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
(請求の原因)
一、訴外株式会社竹下組(以下竹下組という)は、昭和三八年六月三〇日訴外福島良元(以下福島という)との間において、竹下組が福島に対して有していた別紙目録記載の建物(以下本件建物という)の建築請負工事残代金二四、八〇八、五六五円および貸金四、〇〇〇、〇〇〇円合計金二八、八〇八、五六五円の債権を目的として、これを一括して貸金の目的に改める契約を締結し、福島は、その貸金の弁済期を同年七月六日を第一回とし、以後毎月六日に金一、〇〇〇、〇〇〇円宛月賦弁済すること、利息は年一割三分、毎月六日一ヵ月分を後払いとすること、但し月賦金または利息を一回でも期日に支払わないときは期限の利益を失い、期限後の損害金は日歩四銭とすることを約した。
二、竹下組は、昭和三八年六月三〇日福島との間で、右債権のうち金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を担保するため本件建物につき抵当権を設定し、かつ福島が右債務全額につき期限の利益を失った時は、右債務の弁済に代えて福島所有の本件建物を取得する旨の代物弁済の予約を締結し、これに基ずき、竹下組は東京法務局台東出張所昭和三八年七月一一日受付第一五一五一号により本件建物について所有権移転の仮登記をなした。
三、福島は、昭和三九年一一月二六日までの間に、右債務元本のうち金三、七八二、〇二八円と利息損害金のうち金四、八五二、〇五一円合計八、六三四、〇七九円の支払をなしたのみでその余の支払を遅滞したから、割賦弁済の期限の利益を失ったものである。
そこで、竹下組は、昭和四〇年七月七日到達の内容証明郵便をもって福島に対し、前記代物弁済の予約を完結する旨の意思表示をなした。
四、原告は、昭和四〇年八月一一日竹下組から本件建物を譲受け、東京法務局台東出張所昭和四〇年九月二五日受付第二三五六一号をもって第一項記載の仮登記の付記登記をなした。
五、原告は、福島を被告として第一項記載の仮登記の本登記手続請求の訴を提起し(東京地裁昭和四〇年(ワ)第八九九九号事件)、昭和四三年三月二〇日福島は原告に対し、前記仮登記の本登記手続をするとの和解が成立した。
六、本件建物については、被告国のため東京法務局台東出張所昭和四〇年四月二二日受付第八八三〇号により同年三月二九日下谷税務署の滞納処分による参加差押の登記がなされ、また被告新潟相互銀行のため東京法務局台東出張所昭和四二年一〇月一一日受付二八二九五号により同日東京地方裁判所の仮差押決定に基づく仮差押の登記がなされている。
七、よって原告は第一次的に被告らに対し、福島が原告に対し、第一項記載の仮登記の本登記手続をするにつき承諾を求め、予備的に、竹下組に対する所有権移転登記請求権を保全するため、竹下組に代位して被告らに対し、福島が竹下組に対し、前記仮登記の本登記手続をするにつき承諾を求める。
(請求原因に対する認否)
被告国は、請求原因第四項記載の事実中原告が竹下組から昭和四〇年八月一一日本件建物を譲受けたことは知らないが、その余の請求原因事実を認める。
被告新潟相互銀行は、請求原因第一項は知らない。
同第二項については竹下組が同項記載の仮登記を有していることを認め、その余は知らない、第四項については原告が同項記載の付記登記を有していることを認め、その余は知らない、第五項については和解の成立したことを認め、その余は知らない、第六項は認める。
(抗弁)
昭和三八年六月三〇日竹下組と福島との間に代物弁済の予約が締結された当時、本件建物自体の価格は、金七〇、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。従って、福島は、金二八、八〇八、五六五円の債務のために竹下組との間に金七〇、〇〇〇、〇〇〇円以上の価値ある本件建物を本来の履行に代えて給付することを内容とする代物弁済予約を締結したのであるから、債務額と代物弁済予約の目的物の価格との間には著しい較差があって合理的均衡を欠く。これによれば、当事者は、弁済期に弁済できない場合は、本件建物を換価して清算することを約したものと解するのが相当である。本件代物弁済の予約が右のように処分清算義務を伴うものである限り原告または竹下組は、本件建物の所有権の取得をもって、被告らに対抗できない。
(抗弁に対する認否)
代物弁済予約締結時における本件建物の価額が金七〇、〇〇〇、〇〇〇円以上であったことは認め、その余の事実を否認する。
(再抗弁)
代物弁済予約の締結された昭和三八年六月三〇日当時、福島は本件建物の大部分を(本件建物の総面積一、〇八一・〇四平方米のうち自用に供する四一・〇九平方米を除く全部)を他に賃貸していたから、本件建物を評価するにあたってはその建物の価額から借家権価額を控除すべきである。
(再抗弁に対する認否)
被告国は、代物弁済予約締結時に、福島が本件建物の総面積一〇八一・〇四平方米中自用に供する四一・〇九平方米を除いた全部を他に賃貸していたことを認める。
(証拠)≪省略≫
理由
(請求原因)
原告と被告国との間においては、原告が竹下組から本件建物を譲受けたことを除いて、その余の請求原因事実は争いない。
原告と被告銀行との間においては、≪証拠省略≫によれば、竹下組が福島に対して有していた金二八、八〇八、五六五円の債権を目的として、昭和三八年六月三〇日両者の間で、弁済期を昭和三八年七月六日を第一回とし以後毎月六日に金一、〇〇〇、〇〇〇円宛月賦弁済すること、利息は年一割三分毎月六日一ヵ月分を後払いとすること、ただし月賦金または利息を一回でも期日に支払わないときは期限の利益を失い、期限後の損害金は日歩四銭とする旨の準消費貸借契約が結ばれ、福島が右債務のうち金二〇、〇〇〇、〇〇〇円を担保するため本件建物につき抵当権を設定するとともに、右債務につき期限の利益を失った時は、右債務全額の支払にかえて本件建物を給付する旨の代物弁済の予約をし、原告主張のとおり竹下組が本件建物に仮登記を経たこと、福島が原告主張のとおり前記債務の元利金の支払を遅滞し、割賦弁済の期限の利益を失ったので、竹下組が昭和四〇年七月七日福島に到達した書面で同人に対し、前記債務の支払に代えて本件建物を取得する旨の代物弁済予約完結の意思表示をしたことが認められる。
≪証拠省略≫によれば、原告が竹下組から本件建物を譲受け、原告主張のような付記登記を経たことが認められる(付記登記の事実は、当事者間に争いない。)。そして原告と福島との間に、原告主張のような和解の成立したことおよび被告らが本件建物につきそれぞれ原告主張のような登記を経ていることは当事者間に争いない。
(抗弁および再抗弁)
同一の債権を担保するため抵当権と代物弁済の予約が併存する場合は、代物弁済予約の実体は、原則として所有権移転形式による特殊な債権担保契約とみるべきである。すなわち代物弁済予約を締結した当時における当該不動産の価額と弁済期までの元利金額とを比較し、前者が後者を上廻って、両者が合理的均衡を失するときは、債権者は、目的不動産を換価処分して、これによって得た金員から債権の優先弁済を受け、残額はこれを債務者に返還すべき契約がなされたものと解するのが相当である。
そこで代物弁済予約当時の本件建物の価額と弁済期までの元利金額とを比較する。
まず、本件建物自体の価額が代物弁済予約締結当時において七〇、〇〇〇、〇〇〇円であることは、当事者間に争いない。しかし、右予約締結時において、福島が本件建物の総面積一〇八一・〇四平方米中、自用に供する四一・〇九平方米を除いた全部を他に賃貸していたことについては、原告と被告国との間においては争いなく、被告新潟相互銀行は明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、本件建物の交換価額を評価するにあたっては、その借家権価額を控除しなければならないのであるが、≪証拠省略≫によれば、この借家権価額は、本件建物のような場合は貸店舗の保証金、賃料等の相場を勘案して決めるべきもので、通常完全所有権価額の二分の一とみるのが相当であることが認められる。以上の資料を基として計算すると、右予約当時の本件建物の価額は福島の自用部分の価額金二、六六〇、六七八円(金七、〇〇〇万円を一〇八一・〇四平方米で割って一平方米あたりの価額を算出して、これに四一・〇九平方米を乗じてその価額を算出する。)と賃貸部分の価額三三、六六九、六六〇円(金七〇〇〇万円から、右自用部分の価額金二、六六〇、六七八円を差引いた額の二分の一)の合計金三六、三三〇、三三八円となる。
つぎに予約当時、代物弁済によって担保される債務総額金二八、八〇八、五六五円の弁済方法および利息が請求原因第一項記載のとおりであることは、前認定のとおりであるから、これによって弁済期までの利息金を計算してみると(利息は年一割三分で、それに対する元金は毎月一、〇〇〇、〇〇〇円ずつ弁済することによって、それだけ毎月減ってゆくことになり二九ヵ月目に元本額が八〇八五六五円になる。)、結局利息金の合計額は金四、六五二、三四四円となる。これに元本金二八、八〇八、五六五円を加えて、元利合計金額は、金三三、四六〇、九〇九円になる。
そうすると代物弁済予約締結時において本件建物の価額は、弁済期までの元利合計金額より金二、八六九、四二九円だけ上まわることになる。しかしこの程度の較差では、予約締結当時における本件建物の価額と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失しているとはいえない。従って、本件代物弁済の予約をいわゆる処分清算型代物弁済の予約と解することはできない。
以上により被告らの抗弁は採用しない。
(原告の第一次的請求と予備的請求について)
前認定によれば、本件建物の所有権は、竹下組のなした代物弁済予約完結の意思表示により、福島から竹下組に移転し、さらに竹下組から原告に譲渡されたわけであるから、中間取得者たる竹下組を経由せずに、福島から直接原告に本件建物の仮登記の本登記手続を請求することは、いわゆる中間省略の登記請求と類似するから、登記義務者たる福島、および中間登記権利者たる竹下組の同意があれば、右三者間においては許されると解しても差支えないであろう。そして≪証拠省略≫によれば、福島と竹下組は、福島から原告に本件仮登記の本登記手続をすることに同意したことが認められる。しかし、右のような登記は、物権変動の過程を正確に表示するものではないから、物権変動の過程をそのまま登記簿に反映させようとする不動産登記法の建前からして、望ましいものではない。それゆえに、すでにこのような登記がなされてしまった場合の効力については格別、これからあらたにこのような登記を請求する場合には、その登記請求権の効力の及ぶ範囲を厳格に解すべきであり、中間省略の登記をなすについて登記上利害関係ある第三者が存在するような場合には、中間取得者または登記義務者の同意があるからといって、利害関係ある第三者に本登記手続に承諾すべき義務を肯定すべきではない。
原告の第一次的請求は、この点において理由がない。原告としては、竹下組に対する所有権移転登記請求権を保全するため、竹下組の福島に対する仮登記の本登記手続請求権を代位行使することによって、竹下組に所有権移転本登記を得たうえで、あらためて竹下組から所有権移転登記を受けるべきである。
(結論)
よって、原告の第一次的請求を棄却するが、被告らは、福島が竹下組に対し、本件建物についての所有権移転仮登記を本登記に改める手続をすることを承諾する義務があるから、原告の被告らに対する予備的請求を認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条但書、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岩村弘雄)